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第1回 大知木材株式会社

第2回 株式会社有馬商店

第3回 西田木材

第4回 株式会社大垣

第5回 株式会社灘銘木店

第6回 株式会社毛利商会

第7回 カルモ木材株式会社

第8回 清水木材株式会社

第9回 株式会社三栄

第10回 株式会社山本商店

第11回 三祐木材株式会社

第12回 有限会社山神材木店

第13回 林木材株式会社

第14回 株式会社名田商店

第15回 名村木材株式会社

第16回 株式会社柳原木材

第17回 宮崎木材株式会社

第18回 合資会社稲見材木店

第19回 株式会社兼久

第20回 合資会社ミツワ材木店

第21回 株式会社田中商店

第22回 株式会社岡本材木店

第23回 神戸建材株式会社

第24回 有限会社伊藤材木店

第25回 岸野木材合資会社

第26回 株式会社真田商店

第27回 滝乃木材有限会社

第28回 株式会社福島材木店

第29回 中原材木店

第1回

大知木材株式会社

(神戸市中央区花隈町)

 大知木材神出工場

大知木材神出工場

 

初めまして牧牛(ぼくぎゅう)です。
これから神戸木材協同組合のホームページ上の
「今月の木材屋さんインタビュー」コーナーを担当します。


神戸はもちろん、
日本中にはたくさんの材木屋さんがありますが、
みなさん、今まで材木屋さんに木を買いに行ったことがありますか?
木材は私たちの日常生活には欠かせない存在です。
が、その割には敷居が高く、
一般の皆さんには馴染みの薄い存在と言えます。
テレビの時代劇で代官に賄賂を贈って
「お前も悪よのー」
と代官から含み笑いされている大店の一つによく材木屋が登場しますね。
材木屋の歴史は古く、
当時から分限者が多かったのも事実です。


話が長くなりましたが、
このコーナーを通して神戸の材木屋さんを紹介しつつ、
木の良さ、地球環境と森林問題等々、
木にまつわるお話を少しずつ披露したいと思います。
牧牛(ぼくぎゅう)は私のペンネーム(書道の号)ですが、
木を愛することは誰にも負けないつもりです。
どうぞ宜しくお願いします。

 



シリーズ第1回目に登場するのは大知木材株式会社さんです。
本社は神戸市中央区花隈となっていますが
拠点は神戸市西区神出町宝勢786の「神出工場」です。
神出と書いて「かんで」と読み、
「神さんが出た」という言い伝えのある縁起の良い地域だそうです。
第二神明道路の玉津インターから国道175号線を
三木・福知山方面に15分ほど車で進んだところにあります。
応対して下さったのは
社長の野村昌弘さん
副社長でご子息の野村俊彰さんです。
野村社長は現在(平成20年)、兵庫県木材業協同組合連合会の会長をなさっています。   

 

ログハウスの社長室

ログハウスの社長室

 

早速、大知木材さんのルーツからお話を伺いました。
創業者は現社長の父上に当たる野村明治(めいじ)さん。
高知県田野町(安芸市と室戸市の中間)から神戸の材木屋さんに丁稚奉公に上がって修業を積まれ、
昭和8年、長田区尻池の地で独立開業されました。
お店の称号は「野村材木店」です。
その後太平洋戦争勃発により、
明治さんは昭和17年兵隊に徴用、
同21年無事シベリアから復員、
戦後の木材統制会社勤務等を経て、
昭和27年兵庫区の大開通で「大知木材」を開業されました。
その大知木材の屋号の由来を伺いました。
きくなりたい、そして高出身やから、大知と命名した」
と野村社長。
余談ですが、牧牛の祖父も父も高知県安芸市出身です。
「ごくごく近所やないか」
と野村社長、
嬉しくなってきました。


「その当時は高知の栂材(つがざい)と馬路村(うまじむら)の杉材をメインに扱っていた。
船で高知から運んで杉は灘の酒蔵に納めた。
よう儲かったよ。1日でメグロの単車が買えたぐらいや。
それを見て、
よし、材木屋の後継者になろうと決心した」
と野村社長。

 

野村昌弘社長

野村昌弘社長


野村昌弘さんは昭和10年神戸生まれ。
育英商業卒業後家業に就かれました、
昭和29年のことです。
入社後数年して
竹中工務店や大林組の仮設材の卸売業(業界用語では納材業者という)に参画、
10年ほどで竹中の下請協力会「竹和会」に入会されました。
この納材業に参入したのが今日の大知木材さんの繁栄に繋がっているのです。
というのは納材中に県営住宅のパネル工法に遭遇したのです。
「これからの住宅の内装はこれや。工場でやるもんや」
と一念発起、
昭和45年に「パネ協」の準組合員として入会し、
同時に西区神出の地に新工場を建設しました。

 

工場のライン

工場のライン


「パネ協」とは日本住宅パネル工業協同組合の略で、
全国の建具、木工業者などで構成された全国地区の事業協同組合のこと。
昭和30年代後半、
急増した住宅需要を賄うため、
公共住宅の建設にプレハブ工法が導入されることになり、
その内装部材・部品を製造、供給する組織として昭和37年(1962年)に設立されました。
 

パネ協の造作部門として木材の量の確保が急務となり
米栂(べいつが)を内装材として扱うようになったそうです。
内地材の杉・桧から外材にシフトしたわけです。
現在の商売の売上もメインはパネ協(約60%)だそうです。
この辺りから副社長の野村俊彰さんが登場してきます。
父上の社長昌弘さんは兵庫県木連の公務が忙しく
最近では殆んど副社長の俊彰さんが社業を担っているそうです。

 

野村俊彰副社長

野村俊彰副社長


俊彰さんは昭和37年生まれ。
父上と同じ育英高校から芦屋大学産業教育学科に進み、
卒業後約2年間、
茨城県の鬼怒川木材(現CIウッド)で修業され、家業に戻られました。
「昭和45年に完成した神出工場の工場勤めを2年ほど行い、
その後は全般的な営業を担当している」
と俊彰さん。
「御社の特徴と売りはなんですか」と質問しました。


まず
1…パネ協の造作メーカーとして昭和45年から培った実績
2…役所に納材しているので信用度が高い
3…弊社の材料を使用すれば現場でゴミがでない。

   従って大工・工務店さんのリピートが多い
4…材料から加工まで一貫して行うので相手先の手間が省ける
・・・まだまだ続きます。


つまり、
製材と加工は従来別々の会社が行うものですが、
同社は両方可能だと言うことです。
仮にクレームがあっても責任転嫁が出来ず、
逃げることが出来ないのです。
発注サイドにとっては内装材に使用する木材の発注と
その加工や塗装等の発注が一社で済みます。
「電話一本でOK。
最終加工品として現場に納入し、あとは取り付けるだけ。
手間やけどこれだから注文が殺到する。
今年のお盆も休みなしですわ」
と副社長は胸を張る。
遠くは仙台、東京の現場、近くは大阪の超高層マンション等に
同社の塗装された内装材が納入されています。
同社の内装材、近畿圏のマンションのシェアー率は極めて高いそうです。

 

加工品を確かめる野村俊彰副社長(右)

加工品を確かめる野村俊彰副社長(右)

 

大知木材さんは昔からの材木屋さんとは一味も二味も違います。
小売というよりもどちらかと言えば「メーカーさん」です。
塗装の現場は企業秘密だそうですが環境に配慮した※VOC対応の塗料を使用しています。

 

※VOCとは揮発性有機化合物のこと。
ホルムアルデヒド等ある種のVOCはシックハウス症候群の原因といわれ、
ホルムアルデヒドは建築基準法で規制の対象になっています。
VOCのうち、
人の健康や生態系に有害なおそれのある
4種類(トルエン・キシレン・エチルベンゼン・スチレン)を4VOCと呼び
「化粧シートからの4VOC放散に関する自主規制の対象」となっています。

                 
最後にお二人の趣味を伺いました。
県木連の会長として精力的に活動されている野村社長に
「趣味はなんですか?
県木連の会長職は天職、趣味の世界に入っていると思えるのですが?」
と本音と冗談交じりに質問しました。
「アホなこと言いなさんな(笑)。麻雀とゴルフにしといて」
と。
俊彰副社長は中学と大学で剣道を学び三段の腕前。
現在は少年野球の指導が趣味だそうです。
木材業界の現状について


「待ってたらあかん、

手間を厭わずなにかにトライしなくては・・・」
とお二人は口を揃えて話して下さいました。

 

どうも長時間ありがとうございました。

益々のご活躍をお祈りします。

 

取材日:2008年8月7日

  

 

 

大知木材株式会社

〒651-2321
兵庫県神戸市西区神出町宝勢786-1